東京湾の沖合で獲れるタコは、身の締まりや味の濃さが格別で、料理人からも高く評価されています。しかし、その多くは都内に出荷されるため、地元スーパーにはほとんど出回らない「幻の味」です。そんな横須賀の至宝とも言える地タコを獲るのが、新安浦港の「弥春丸(やはるまる)」。8代目の柴崎好郁さんが、亡き父の想いを胸に、今も海へと船を出しています。
東京湾の沖合で獲れるタコは、身の締まりや味の濃さが格別で、料理人からも高く評価されています。しかし、その多くは都内に出荷されるため、地元スーパーにはほとんど出回らない「幻の味」です。そんな横須賀の至宝とも言える地タコを獲るのが、新安浦港の「弥春丸(やはるまる)」。8代目の柴崎好郁さんが、亡き父の想いを胸に、今も海へと船を出しています。
タコは賢く好奇心旺盛ですが、同時に身を守るために「暗くて狭い場所」に隠れる習性があります。この習性を逆手に取るのが、伝統的なたこ壺漁です。
たこ壺(現在は合成樹脂製の四角い箱)の一つ一つに、餌となるカニを丁寧に結びつけます。
そして、この箱を約300mのロープに20個から30個を繋いだものを、沖合の複数箇所の海底にセットします。たこ壺は、タコが入ると蓋が閉まる仕組みです。
新安浦港の出漁時刻は午前7時。
船は新安浦港から沖合へ向かいます。
漁場に到着すると、仕掛けておいたロープを巻き上げ機で引き上げる作業が始まります。
たこ壺が海面から上がってくると、好郁さんが「ぐいっ」と上げて中を確認します。この瞬間が、漁師にとって最もドキドキする時です。
蓋を開けると、ぬるぬるしたタコがニョロッと出てきました。
しかし、「全く入っていない時は、重い気持ちになります」と船長の柴崎好郁さん。
豊漁もあれば空振りもあるのが自然相手の仕事です。
獲れたタコは、狭い生け簀での共食いを防ぎ、傷をつけないよう、ぬるぬるした体をギュッと掴んで素早く一尾ずつ網に入れ、船底の生け簀(いけす)へ送られます。
ここで重要なのが、たこ壺の清掃です。
数日海底に沈めておくだけで、ゴミが入ったり、貝が付着したりします。
これをヘラで丁寧に取り除かないと、タコは警戒して入ってくれません。漁師の経験と手間が、獲れるタコの量に直結します。
たこ壺の清掃と餌の再セットを終え、次は仕掛けの投入です。
別の場所に移動し、好郁さんが「いいよー」と合図を出すと、母の浩美さんが間隔を見ながら海に投げ込んでいきます。
1回の漁は大体昼ごろまで行われます。
午前中の間に、5~6カ所にセットしたたこ壺を引き上げ、獲れたタコを回収し、再び餌を仕掛けて投入する作業を繰り返します。
海の上は危険と隣り合わせ。
天候や風、波の変化を敏感に察知し、迅速に対応する好郁さんの姿は、父から受け継いだプロの経験と技術が光ります。
「弥春丸」は横須賀で8代続く漁師の家系です。
柴崎好郁(よしふみ)さんは代々続く漁師家系の8代目として、母の浩美さんと共にたこ壺漁、わかめ養殖、刺し網を個人的にタコ、カゴ漁、牡蠣養殖、サザエ素潜りなどをやっています。
横須賀市の漁業就業者数は年々減少し、新安浦港でもタコ漁師は激減しています。そんな中で、好郁さんは家業を継ぐ決意をしました。
「高校まで何不自由なく野球を続けさせてくれた両親に恩返しをしたい」という想いからです。
漁師の世界に飛び込むと、東京湾の資源の豊かさや漁の面白さに目覚めたと言います。
好郁さんが漁師になって12年。
その成長を一番近くで支えてきたのは、父・弥春(みつはる)さんでした。しかし、2025年夏。闘病の末、帰らぬ人に。
「三人で行っていた漁は一変しました。父の仕事量の多さと、その大変さを改めて痛感しています。忙しくて、新しい漁にチャレンジする時間も今は作れません」
タコ漁は好郁さんとお母様の二人体制となり、一度に仕掛けるたこ壺の数も減らさざるを得ませんでした。
しかし、自然を相手にするこの仕事は、立ち止まっていることを許しません。
「自分たちが動かなければ稼ぎにならない。落ち込んでいる場合じゃないな、と。『自分がやらなきゃ』という気持ちが強かったです」
父が残した大きな穴を埋めるため、新しい挑戦が始まっています。
漁師になってから、いつかは父のように「獲れる漁師になる」という思いで日々を過ごしていました。その経験と、家族や周りの漁師仲間の心強いサポートが、新たな一歩を踏み出す力になりました。
気持ちだけではどうにもならないのが、自然相手の漁業。
一人で船を出すようになってからは、困難にぶつかるたび、「父だったら、こうするよな?」と問いかけながら操業しています。
「父が大切にしてきたことを大切にして、それに自分の考えを加えながら、試行錯誤しながらやっています」
そして、船は常に亡き父の想いを乗せています。
最期は漁に出たくても出られない状態だった父のために、息子としてその魂とともに海へ向かいます。
「横須賀でこんなに美味しいタコや魚が獲れるんだぞ!っていうのを伝えていきたいです」
横須賀の海が持つポテンシャル、その魅力を多くの人に知ってほしい。
その想いから、今後は「どんな漁をやっているのかなど、横須賀の海を知ってもらいたいので、実際に体験漁業という形で触れていただきたいと考えています」と、未来を見据えて話します。
弥春丸のタコは市場への出荷のほか、オンラインショップや新安浦港の直売所にて購入できます。
取材日 2025/9/25
※掲載されている商品・情報は取材時点のものであり、変更される場合がありますのでご了承ください。

Writerうみのとなり
ライター歴5年 「横須賀っていいな」「行きたいな、住みたいな」と思ってもらえる情報を発信しています。 地元の美しい自然・歴史・地域のあたたかさと魅力を伝えたい!Yahoo!ニュースライター 500件以上取材実績あり。地域クリエイター月間MVA2024年11月、7月、2023年7月連続受賞。

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